生物であること。人間であること。


ある、パーマカルチャーの

講師の人に質問した時のこと。


その人は

自然の中で家族4人

持続可能な暮らしをしている



「私は一人暮らしで

今は、単身世帯が多い。


家族単位だと

自然の中に住んで

畑とか田んぼとか

って思うけれど


それを全部

一人でやろうと思うと

ハードルが高い


どの辺りからはじめるのが

オススメですか?」


と聞いたら


まず、何よりも

パートナーを見つけること


独身というのは

まだ未熟な人間だと思う

と言われた。


私、バツイチなんですけど…

というと


それがないと未熟だと思う。

持続可能じゃないし。


パートナーがいて、

子供が生まれて

やっとそれが持続可能だから


僕の夫婦間も

いろいろありましたよ


それを乗り越えられたのは

暮らしを共にして

拠り所にしてきたから


今の社会はその拠り所を作れない

今の暮らしは不自然すぎる


ということだった。


今、録音したものを聞くと

彼の言わんとしていることも

わかるけれど


面と向かって

未熟な人間

と言われたのは

ショックだった


パーマカルチャーの父

ビル・モリソンは

7回離婚しているけれど


彼のことも

未熟な人間だと

思っているんだろうか


半数以上が単身世帯の

東京都民の前でも

同じセリフを言うのだろうか


と、

いろいろ頭を

駆け巡った、というか


個人的に

ムカついた笑


でも、それ以上に

何かちょっと

怖いというか


背筋が凍る

感覚があった


生物として

持続可能で

子孫を残すことは


もちろん

なくてはならない

ことだけれど


つがい(夫婦)と子供

という形が

生物として

ベストなのはわかるけれど


現実の人間は

それだけではなくて


子供を授からない

体を持った人や


同性をパートナーとして

選ぶ人など


もっと多様な

個性があり

彩りがある


生物の種として

ベストな形だけを推奨し


それ以外を

未熟で不完全なもの

とする考え方は


優れている種だけを

残そうとする


選民思想のはじまり

なんじゃないか

と思うのは

私だけだろうか


子どもがいないことを

持続可能じゃない

と言いきる感覚は


LGBTのカップルを

生産性がない

と言った政治家と


同じだと思うんだけど

どうだろうか



昔、民族楽器の説明を読んだ時に


西洋の楽器は

クリアな音を出すことを

目指しているけれど


そのアフリカの楽器は

わざと、

ブレた周辺の音も出るように

何かをはさんであるんだ

というのを読んで


こういうの

好きだなぁ、と


うっとりしたことを

思い出した。