自分サイズで

ここ最近の
生態系の学びや

先日の大西つねきさんの
300人の講演を聞いて

自分が生きている間に
できるだけの
価値創造をしよう

と思ったら
楽しくなってきた。


価値創造、と聞くと
すぐに

世間で認められる
レベルじゃないと、とか

お金を生み出すものじゃないと
なんて、思っちゃうけれど


葉っぱ1枚が

太陽の光を受けて
光合成したり

腐葉土になって
土地の栄養になったり

小さな虫が

余計なものを食べたり
花粉を運んだり
するように

自分が存在することで
自分自身でいることで

少しでも
その土地、生態系を
豊かにできたらいいな


仕事でやっている
エネルギーワークは

一度にできる人数に
制限がないので、つい

世界中の生きづらい人
すべてに届けたい

と、そのことばかり考えていた。


でも、そんな目で
世界を見ていたら

生きづらさにばかり
フォーカスすることになっちゃうし

注目することで
エネルギーを注いで
その現象を大きくしてしまう

だから、
意識を向ける先を変えなきゃ
とか思っていたけれど。


今は、生きづらさ
というテーマで
世界を見るのではなく

そこから
意識を逸らすのでもなく

ゴッドだけに
集中するのでもなく

自然界の
大きな循環の一部として

自分ができることを
なんでもやっていこう、と

自分サイズで
気楽に思えてる


生きづらさのことでも
ゴッドのことでも

これまでの仕事や
プライベートで得たことでも

ニワトリが
虫を食べたり
歩いて土地を耕したり
養分になるふんをしたり
体温で小屋を温めたり
朝が来たのを知らせてくれたり
するように

自分のすべての特徴を
良きもの、役立つもの
として捉えてあげよう


ここ最近の学びは
とても実質的で
理論的で

その中にどっぷり浸かっていたので

今、あらためて
前に観ていた
スピ系の動画を観ると

あー、
これを生きる指針にしようと思ったら

そりゃ不安になったり
迷ったりするよなぁ
と思う。

スピ界が言っていることは
今も真実だと思うけれど

概念的なものを心の支えにするには
現実、物質は
あまりにも迫力があって

そのリアルな現実を前にすると

頭の中の教えは、説得力を持たない。

だから、現実を通して
経験したことで
生き方を決めないと。


概念的なものを指針にしていると

何かあるたびに
それまで信じていた教えを
信じられなくなって
迷いはじめる

これじゃあ、いつまでも
生きる指針が決まらず
不安なわけだ。

今の多くの人の
暮らし方、働き方は

頭の中での
作業が多いから

意識して
自然や身体、
実質的なものと
向き合う時間を
継続して持つことで

そこから自分の生きる指針が
説得力を持って
導き出されるんじゃないかと思う

そして
自分が納得できる生き方が
なんとなく定まったところで
はじめて

心の平安が訪れるんだろう


ゴッドのことを話す時も

体感、経験してほしいと
インタビューでは
何度も言ってるけど

ブログでも
概念ではなく
経験で語るようにしよう


エネルギーワークを仕事にして5年。

グラウンディングの時ですな。