ゴッドの愛

ゴッドの

愛のカタチは


時に、愛なんか

微塵も感じられないくらい

容赦ない


残酷なまでに、徹底している。


それは、人間の

自由意志を尊重する

というところに

現れていると思う。



私は昔、わりと長い間


すべての人の人生が

同じだけの価値があると

思いたい


どうしたら

きれいごとではなく

心の底から

そう思えるんだろう、と


思想なのか、哲学なのか

宗教なのか、


その謎をといて

説明してくれる何かを

探していた。



戦地に生まれ

家族を奪われ

飢餓で亡くなる子どもと


人にも物にも恵まれて

豊かに

天寿をまっとうする人と


どちらも

同じだけの価値がある

と思うには、

どうしたらいいんだろう。


はたから見て、

どんなに過酷に見えたとしても


人の人生に対して

勝手に、一方的に

かわいそうだとか

不幸だとか思いたくない。


だって、それって

なんだか失礼だ

と感じていたから。


でも、あまりにも

違いが大きくて

やりきれない。


で、いつだったか


私たちは大きなひとつの魂で

コップの水みたいなもので


この世界に水滴としてやってきて

いろんな経験をして

魂を磨いて、成長して

また元のコップに戻る


そうして

全体を成長させている。


だから、

今回は短命だったから

次回は長寿にしようとか


今回は冒険したから

次回は穏やかな人生を

経験しようとか


魂を磨いて成長するために

できるだけ多様な人生を

経験したくて

何度も生まれている

というのを聞いて。


これが真実かどうかは

確かめようがないけれど


これなら、どんな人生も

同じだけの価値がある

と思える。


だから、この考え方を

「採用」しようと決めた。



で、私はいま、

この説を前提にして

生きているのだけれど


そうすると

ゴッドの愛が見えてくる。



人間が生まれる前に

決めてきたこと。


その経験をすることに関して

それが、どんなに酷いことでも


ゴッドは

それを否定しない。


すべての経験を

そして、

すべての存在を

ゆるしている


私たちは

肉体を持つ前

すなわち

痛みも、恐れも、苦しみも

忘れた状態で決めるから


魂の経験が多いほど

過酷なものに挑戦したり

するかもしれない


でも、それも

ぜんぶ許す

自由にさせる


それが、ゴッドの

愛のカタチ

なんだと思う。


だから

ゴッド=神

が存在しているのに


戦争も、犯罪も起きる


ゴッドは私たちを

めちゃくちゃ愛しているのに。


いや、だからこそ。


わたしたちが

ゆだねるまで


自由意思を

放棄するまで


私たちの選択を尊重し

ぜったいに手を出さない

のだと思う。


その尊重っぷりは

怖いくらいに

妥協がない。


でも、時々、

宗教の話題に

登場するような


罰を与えるとか

懲らしめるとか

脅すような


その手の怖さは

微塵もない。


カルマだって


人間が、前世で

やっちゃったな〜汗

とか、

これできなかったから

次回はクリアしたい


という希望で

自分で設定して

きたのだと思う。


ゴッドは

良いとか悪いとか

道徳的な判断で

裁いたりしないもの



何でもOKよ、と

すべてを受け入れる側面と


本人を想うがゆえの

徹底的な厳しさと


ゴッドの愛には

男性性と女性性

どちらもあって


さすがゴッド


って、あたりまえか汗