私を自由にする、制限。

36歳の時にヴィパッサナー瞑想に出会い


信じるな、祈るな、試してみなさい。

という原始仏教の

クールな教えにしびれて


36歳から40歳までの4年間

殺さない

盗まない

嘘つかない

お酒飲まない

不倫しない

という五戒を守った。


思っていたよりストレスもなく

当初の予定通りに続けられた。


言葉を選ぶ時も

嘘のないように気をつけて。


この、ぜったいのルール

を試してみたら

選択する時に迷いが減って

頭がごちゃごちゃすることも減って

すると心のブレも減って

幸福度が上がった


人から言われたルールや

制限を持つのは

不自由な感じがして嫌だけれど


自分で設ける制限は

頭がスッキリしたり

心にスペースができて

逆に自由になったりするんだな。


そういえば、

海の上のピアニスト

という映画で


どこまでも広がる

マンハッタンを前に、


ピアノの鍵盤は

終わりがあるからいい。

だからその中で

自由に遊べる、

的なセリフがあって


ほんとそうだな、と思った。


それと、どこの国だか

忘れたけれど。

幼稚園の前に広がる

広大な敷地に柵を作ったら


子どもたちが

それまでよりも遠く

柵のところギリギリまで

敷地を広く使って遊ぶようになった

と聞いたことがある。


制限は、時に

人を自由に、

頭や心をシンプルにしてくれる。


だからまた、

幸福度を上げるために

自分で

制限を設けてみようと思う。


それは。。

ジャッジをしない、

ということ。

思考で、善悪で、

自分も人も裁かないということ。


あ、すると思うよ

きっと癖で、

もう秒速でする。


でも気づいたら

あ、ジャッジだ、と手放そう。


最初は気づかず

やっちゃうだろうけど。


そのうち

ジャッジしてから

気づくまでの時間が

短くなって行くはず。


もう、どんな方法でもいいから

ジャッジをはじめたら、止める。


止めるのが難しかったら、

その方法を模索し続ける。


そのルールだけ、

その努力だけ、

自分に課そう。


このルールは、

私を自由に、

幸福にしてくれるはずだ。