最後の羊。

少し前に、インドから久しぶりに

帰国している友人と会った。


彼女はヒマラヤの山奥にある

山岳民族の羊飼いの村で

羊のお世話をして、

毛を刈って、洗って

一本一本、糸をつむぎ、

そこから作品をつくっている。


お互いやっていることは

ぜんぜん違うのだけれど


ゴッドからの導かれっぷりに

近しいものがあって、

話が合うことが多く

半日くらい二人で話をしてた。


私が、カナダから凹んで帰ってきて

生きづらさ残りの3割について

持て余していた時だった。


きっとまた自分で解決して

その方法を

みんなにシェアするために

3割を残しているんじゃないか

という自分への疑いがあるの。


これが、私の過去のパターンだから。


でも、それって

もう古いと思うんだよね。


もう新しい時代なんだから

自分がパッと抜けて、

その解決した周波数で

話したり、

存在するだけで

他の人にもそれをシェアできるはずなのに。


なんで、こう、

泥臭いやり方をしたがるんだろう


こうやって七転八倒してさ〜

と話していたら


数秘いくつ?と聞かれた。


9だよ、と答えると


9の人はみんなの気持ちがわかるから。

みんなで一緒にいきたいんだよ、と。


うちの羊、130匹いるけど

みんなで移動する時、

先頭の羊と、

最後の羊は、

いつも同じなの。


最後の羊は

あっちふらふら、

こっちふらふらして

怒られてばっかりいるんだけど、

みんなのことを一番考えてるの


先頭の羊は、

ぴゅーって

行っちゃうんだよ、と。


彼女の数秘は1で、

まさに、何もないところから

創造していく人。


誰も通ったことのない道を

果敢に切り開いていく人。


道なき道を行くから

切り傷も多いだろうけれど。


馬に乗って、旗を持って

先頭を駆けていく

ジャンヌダルクみたい。

かっこいいなぁ、というと


七転八倒している姿は

美しいよ。

憧れる

と彼女はいう。



これが自分の

性質なんだとしたら


これからも、

あっちふらふら

こっちふらふら、


いろんな所に

頭をぶつけながら

いくんだな笑


と思って、

受け入れていた

その後。


他の友達が

数秘について

色々教えてくれた


私の全般的なパーソナリテイは

9だけれど、


ほかに運命と魂を表す数字もあって

それが両方とも11。


これは、

みんなのことを理解しつつ

人生を通して

スピリチュアルなことや

精神性に取り組むらしい


…って、これ

これまでと、

今やろうとしていること

そのまんまだな


もう生まれる前から

決めてきてるんだよね


ゴッドの分霊としての自分が
自分で決めてきた。

それなのに何もわからず
必死になって
夢中になって

遊んでいるような
遊ばれているような汗

God’s will 
というか
人生の
設計図は

いろんなところに
刻まれている。