分離と統合、その真ん中に。


生きづらさを

3割残していた理由が

わかった気がする。


もし今、生きづらさがすべてなくなってたら。


きっと、日常を楽しむことに

集中していただろうと思う。


外側の環境を変えて、

好きな仕事とか、

好きな人とか、

自由な時間とか、

それらがあれば幸せだからって。


日常が楽しいだけだったら、

もう幸せなんだから、

心や意識の探求をやめて

普通に人生に満足していたんじゃないかな。


でも、それが、たとえ幸せな状態だったとしても。


状況がうまくいっているから、

幸せだと思っているなら

それはやっぱり、

自分とは別の、

外側のなにかによって

幸せにしてもらっているという、

分離の時代の発想なわけで。

寝ているわけで。


私たちは、

目の前の世界は自分がつくっていて

自分も世界も一体だ、

という統合の時代の

目醒めた状態で

この先の人生を楽しむべく、


探求をやめんなよー

というために

生きづらさを3割

残しているんじゃないかな。


だって、私たちは

13000年の分離の時代と

13000年の統合の時代の

ちょうど変化するタイミングに

100年前後の寿命を持ってきてるんだもの。


分離のど真ん中でも、

統合のど真ん中でもなく、

その二つが経験できるように、

ちょうど二つに足をかけるように

真ん中に生まれるように設定してきた。


しかも、生きづらい人は

分離の時代の象徴とも言える

孤独感と無価値観に

どっぷり浸かってきた。


ということは。。


統合の時代の象徴である

愛と調和を、これから

どっぷり経験するつもりに

ちがいない、と思う。


私たちは、

これからの時代を遊ぶ

準備をしているんだ。


あー、

めちゃくちゃ楽しみだー