清貧とエゴ。

これまでに清貧に生きた偉大な人と言えば

ガンジーや、マザーテレサ。


みんな、二人のことを素晴らしいと思っている。

では、なんで真似しないの?

同じように生きようとしないの?


それは、自分にはとてもできない、

と思っているからじゃないかな?


それとも、本当は真似したくない。

だって、心地よい暮らしがしたいから。


うん、彼らのように清貧に生きるのって

普通の人にはむずかしい。


でも、心地よい暮らしがしたい、

いろいろなことを楽しみたい、

と思うのは自然なことだと思う。


私たちには五感があって、

それはゴッドが授けたもので。


気持ちいい、とか

おいしい、とか

美しい、とか

それらを満たしてあげるのは、悪いことじゃない。


それを我慢する必要もないし、

ゴッドはそんなの望んでない。


私は、ゴッドが自分に与えてくれる様子を見て、

こんなことまで望んでいいんだ、

こんな小さな願いまで

叶えようとしてくれるんだ、って


自分を大切にするとか、

愛するとか、与えるとかの方法を

教わった感じがしてる。


だから、ゴッドは自己犠牲なんて

まったく望んでない、

と心の底から断言できる。


今、エゴが問題になっているのは、

経済を優先して、自然が破壊されていたり、

一部の人だけがお金持ちで、

多くの人が貧しい暮らしをしていること。


エゴが、自然を破壊するほどに膨れ上がっているのは、

不安を放っておいたから。


不安は、そのままにしておくと、

安心しようと行動し続けるから。


将来のことが不安だから

ずっと先まで安心できるほどの

蓄えが欲しいと思うし、

増やし続けないと衰退する、

と思っているから

拡大し続けようとする。


人に見放されたくないから、

みんなと同じものを持とうとする。


それが、どんどん大きくなって、

止まらなくって、

自然が破壊され、

人は搾取されている。


今の、問題になっているエゴは、

不安が誘導した先の、成れの果て。


本来は、それが本当の望みであれば、

みんなが充分に満たされて、

しあわせに生きて

調和が取れるようになっているはず。


自然界が完璧に機能している時のように。


だって、わたしたちは一つなんだもの。

部分の願いと、全体の願いが

矛盾するわけないもの。


だから、自分の望みを

エゴ(自我)を満たそうとする気持ちを

捨てようなんて思わなくていい。


ただ、恐れや不安からではなく、
情報に踊らされたものではなく、
あなたの、本当の願いに忠実に。

それがあなたの本当の願いなら。
それは世界の願いでもあるはずだもの。



私たちは、それぞれが

バラバラに見える世界に来ているから、


自分の分を確保しておかないと

取り分がなくなるのでは?

自分が困った時に、

助けてもらえないのでは?

と、不安になるのも当然で。


だから、自我の望みを

ゴッドにたくさん叶えてもらおう。


それがまだ、

あなたの本当の願いであるうちに。


エゴが不安で膨らんで、

自然破壊や搾取をしたり、

手がつけられなくなる前に。


もはや、あなたの本当の望みではなくなる前に。


ゴッドはちゃんと、

必要な時に、本当に欲しいものを

与えてくれるのだと知ったなら。


不安から膨らんでいたエゴの欲求もおさまって、

本当にあなたが望む内容の、

本当に心地よく感じる大きさの、

本当の願いが残る。


そして、それは、ゴッドがちゃんと叶えてくれる。


私たちは、全体の一部なんだから、

ゴッドの一部なんだから、

私たちの願いを叶えるのは、

ゴッドの願いを叶えることでもある。


ゴッドは、

自分の一部として私たちを愛しているし、

自分の一部だから、

しあわせでいて欲しいと思うんだ。