日常が、とっちらかっていたからこそ。

春分の日から、ゴッドとの交換日記を書いている。

あ、交換してないか。


こんなにギフトをありがとう、

うれしいから忘れないように

書いておこう、みたいなやつ。


これまでもノートは書いていたけれど、

それまでのは、

自分の内面を観察して、

選択した基準と、

その後の結果を書いて、

検証して、みたいな


自分で自分の取り扱い方法を

決めていく、みたいな感じ。


でも、春分からノートを新しくして、

ゴッドからのギフトを書いている。


最初は嬉々として、

書いているんだけど、


そのうち、毎日奇跡ばかりで、

書ききれなくて、


まあ、いいか、

と雑になって、ちゃんと書かなくなっちゃった。


で、気づいたら、

ゴッドからのメッセージを受け取ることも雑になってる。


こうして私はいつも、

とてもうまくいっている習慣なども

いつのまにかやらなくなってしまう。


でも、これだけは。

この、ゴッドとのつながりだけは、

手放すわけにはいかない。


だって、人生で一番のギフトだもの。


今、ノートを見直したら、

ゴッドからのメッセージを、

今より繊細に受け取っている。


でも、確かに、たくさんありすぎて、

流したくなる汗


まず、春分の日。

毎朝ひいている、美徳のカードは

「確信」

100枚あって、

そのうちの、このカードが出るのも納得。


ノートの一番上に、

「ゴッドの愛を確信した!」

と書いてある。


部屋を全部片付けて、

(この時点で前の私にしたら奇跡w)

本当は、春分の日は、自分が一番好きな場所で、

好きなことをしようと思って


ソロキャンプで、

テントと寝袋で寝ようと思っていたのだけれど、

行こうと思っていた場所の

天気予報は、雨。

奥日光は雪。

沖縄まで雨。


なんだよー、ということで、

キャンプは諦めて、

よし、入稿を終わらせよう、と。

でも、一応でかけよう、と

池袋に向かう。


事前に決めていたのは、梟書茶房だったけれど、

ふと、数年前に行ったきりで忘れていた

皇琲亭が頭に浮かぶ。


行ってみたら、校正にちょうどいい

広めのテーブルの場所に通される。


ある程度作業した頃、

気づくと行列になっていて

お店をでる。


その日も小さな奇跡はたくさんあって、

ノート買うのを閉店1時間前に間に合ったり、

次のカフェも突然思いついてすぐ座れたり、

Kindleで数字の表記を見るのを思いついたり、

ファミレスで校正を終えて、

お祝いにイチゴサワーを頼んだら

糖質の少ない焼酎だったり笑


自分であらかじめ考えておいた場所は

両方とも座れなくて、

その時ふっと湧いてきた場所、

ゴッドのサインに従って行った場所は

すぐに座れて。


こうして書いてみると、

普通にこれくらいあるでしょ、

みたいな気持ちになるけれど。


でも、1日中まったく焦らず、

流されるままに与えられる感じが

やっぱり前とはぜんぜん違う。


これは、それまでの日常が

とっちらかっていたからこそ、

普通に日常生活を送ることが

大変だったからこそ

感じる違い。


今は、ADHDか発達障害か、

なんかよくわからないけど、

そういうのでよかったとさえ思う。


次の日も、その次の日も、

小さな奇跡がたくさん書かれている。


うん、こうしてみると、

ノートには書けるけど、

ここには書く気にならないこと、

たくさんあるね。


また、ここには長文を書く気になるけれど、

ノートでは書く気になれない。


それぞれ個性があって、

どちらも必要だな、と思う。

また、もうちょっと繊細に

ゴッドからのサインやギフトを

受け取れるようにしたい。


感覚を思い出せるから、

記録しておいて、よかった。


まあ、でも、今年の春分のギフトが

ゴッドとのつながりだった、

というのが、何より一番の

奇跡であり、ギフトだな。